消滅した家人旧宅と小学校時代の家の跡【関西・長崎旅行記(04)】 [旅行・乗り物]
「エッグベネディクトとネコの思い出【関西・長崎旅行記(03)】」から続きます。
年をまたいでしまいましたが、昨年11月末~12月初めの関西・長崎旅行の続きです。
大阪と長崎での演奏会を土日と聴いて、月曜日はお休みを取って長崎市内を散策。
朝食のあと、雨模様ではありますが、民営の長崎バスに乗って最初の目的地に向かいます。
(長崎市内のもう1つの主なバスは長崎県営バスです。)
到着したのは田上(たがみ)バス停。
以前は長崎市街地南部のメジャーな行き先の一つで、ある程度大きな駐車場があって、田上行きのバスが結構頻繁に走っていたのですが、今回乗ろうとすると案外便が少ない気がします。
いろいろ事情が変わったんでしょうね。
このバス停から歩いて数分のところに、家人が高校のころ住んでいた家(某大企業の社宅)がありました。
何度も訪ねたことがあったので、懐かしい場所なのですが、どうも道路拡幅などのために社宅はなくなってしまったもよう。
家人も長期間住んでいたわけでもなかったので、そんなに思い入れのある家というわけでもないのですが、やはり月日の流れを感じますね。
実は、家人が社宅に住んでいた10年以上前、そこから歩いて数分のところに住んでいました。
先にアップした「幼稚園から小学1~3年のころ住んでいて、ネコを飼っていた借家」です。
そして、家人旧宅のすぐそばには国立病院機構長崎病院があります。
私がこどものころは、国立療養所(結核患者用)だったと思います。
ここのグラウンドでよく三角ベースして遊んでました。
病院を見ながら、その「ネコを飼っていた家」に向かいます。
小学校4年になる際に離れて以来、この辺をゆっくり歩いたことはなかったので、ウン十年ぶりです。
歩いていると、道端に湧き水を発見。
周囲の様子は変わっていますが、子供のころいつも遊んでいた場所に間違いありません。
付近はこんな階段だらけで、この一帯は家の前まで車が入れないのが普通です。
そして、こちら(下の写真)の家はNさんという表札の懸かったお宅。
借家の大家さんのおうちで間違いなさそう。
たぶん、今でもご家族が住んでいらっしゃるんでしょうね。
突然訪問しようかと思いましたが、時間もなかったのでやめときます。
この大家さんのうちのすぐ裏に住んでいた借家があったのですが、さすがに建て替わっているようです。
場所は、下の写真の左の緑の壁の家か、右の白い壁の建物があったあたりではないかと思うのですが…。
下の写真ですが、左の建物は確か駄菓子屋さんがあって、よく立ち寄っていたように思います。
こちらは家に帰る際、よくタクシーで走っていた一方通行の道。
当時は広い道だと思っていたのですが、大人になってみるとそうでもなかったことに気づきますね。
途中の景色はこんな感じ。
山の斜面にびっしり家が立ち並んでいるのがお分かりいただけると思います。
(つづく)
年をまたいでしまいましたが、昨年11月末~12月初めの関西・長崎旅行の続きです。
大阪と長崎での演奏会を土日と聴いて、月曜日はお休みを取って長崎市内を散策。
朝食のあと、雨模様ではありますが、民営の長崎バスに乗って最初の目的地に向かいます。
(長崎市内のもう1つの主なバスは長崎県営バスです。)
到着したのは田上(たがみ)バス停。
以前は長崎市街地南部のメジャーな行き先の一つで、ある程度大きな駐車場があって、田上行きのバスが結構頻繁に走っていたのですが、今回乗ろうとすると案外便が少ない気がします。
いろいろ事情が変わったんでしょうね。
このバス停から歩いて数分のところに、家人が高校のころ住んでいた家(某大企業の社宅)がありました。
何度も訪ねたことがあったので、懐かしい場所なのですが、どうも道路拡幅などのために社宅はなくなってしまったもよう。
家人も長期間住んでいたわけでもなかったので、そんなに思い入れのある家というわけでもないのですが、やはり月日の流れを感じますね。
実は、家人が社宅に住んでいた10年以上前、そこから歩いて数分のところに住んでいました。
先にアップした「幼稚園から小学1~3年のころ住んでいて、ネコを飼っていた借家」です。
そして、家人旧宅のすぐそばには国立病院機構長崎病院があります。
私がこどものころは、国立療養所(結核患者用)だったと思います。
ここのグラウンドでよく三角ベースして遊んでました。
病院を見ながら、その「ネコを飼っていた家」に向かいます。
小学校4年になる際に離れて以来、この辺をゆっくり歩いたことはなかったので、ウン十年ぶりです。
歩いていると、道端に湧き水を発見。
周囲の様子は変わっていますが、子供のころいつも遊んでいた場所に間違いありません。
付近はこんな階段だらけで、この一帯は家の前まで車が入れないのが普通です。
そして、こちら(下の写真)の家はNさんという表札の懸かったお宅。
借家の大家さんのおうちで間違いなさそう。
たぶん、今でもご家族が住んでいらっしゃるんでしょうね。
突然訪問しようかと思いましたが、時間もなかったのでやめときます。
この大家さんのうちのすぐ裏に住んでいた借家があったのですが、さすがに建て替わっているようです。
場所は、下の写真の左の緑の壁の家か、右の白い壁の建物があったあたりではないかと思うのですが…。
下の写真ですが、左の建物は確か駄菓子屋さんがあって、よく立ち寄っていたように思います。
こちらは家に帰る際、よくタクシーで走っていた一方通行の道。
当時は広い道だと思っていたのですが、大人になってみるとそうでもなかったことに気づきますね。
途中の景色はこんな感じ。
山の斜面にびっしり家が立ち並んでいるのがお分かりいただけると思います。
(つづく)
子供の頃の記憶って、やはり曖昧だったりしますね。
特にスケール感はずいぶん違う気がします。
私も数年前に、以前住んでいたところの近くを歩いてみたのですが、当時思っていたよりも道が狭かったし、距離的な感覚も小さかったです。
体の小さな子供の頃は、それだけで世界が少しだけ大きかったのでしょう。
by YAP (2015-01-06 08:08)
YAPさま
引っ越し後も訪れることがあれば、修正されていくものなのかもしれませんね。
今回の旧宅の場所は、転居後ウン十年にして初めて行ったので、とても不思議な感覚でした。
by Lionbass (2015-01-14 11:50)